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高虎らしさがあふれる今治城

今治城は関ヶ原の戦いの後に20万石大名となった高虎が、その新たな領地に建設した城である。2年の歳月の後に完成したこの城は、瀬戸内海沿いに面した砂地という、脆弱ともいえる地盤の上に築かれているものの、その高い石垣はそれを感じさせることもない。城壁の防備は簡素なものだがその高さは清正の築いた物よりも高く、城門に関しては枡形門による堅牢な構造を備え、内部に一切敵を侵入させないという発想を貫いている。

築城の名人の遺産

現在の今治城に本来存在した天守は存在しない。当初あった天守は、1608年に高虎が伊勢国へその所領を移した際、当時家康が建設させていた丹波国の亀山城へ移築されたとも言われており、後に二の丸に建てられたのは、天守を模しただけの、当時とは全く異なる形の建造物である。