信長の築いた安土城
1579年、本能寺の変のわずか3年前に建てられたこの安土城は、それまでの城とは一線を画した構造をしていた。それまでにない5階建ての天守はその一例で、黒漆や金箔で彩られた豪華絢爛な内装やそれを支える高く、強固な石垣、書院造の常識からは考えられない間取りなど、型破りと謳われた信長に見合った城であり、その後の城には全く見られないほどの華美さを備えた芸術品ともいえる建造物であった。
天下の終わりと共に
安土城は信長の死後、その子である信雄の手によって燃やされ、今ではその姿を見ることは出来ない。しかしその跡地には、かつての石垣の一部や礎石といったかつて隆盛を誇った城郭の名残を垣間見ることができる。